テロ、人質、そして殺害
「イスラム」それ自体が危険と誤解されかねない事態が続きました。
IS とイスラム教は別物。頭では分かっているつもりでも、心がそれに伴っていたかはアヤシイ限りです。
恐怖心は知らない、見えないところから生まれるもの。ならばそれと直面すればいいじゃない!という気持ちで、岩戸山ほぼ二畳大学イスラーム文化学部の授業に出席しましたよ。
3/22(日)「イスラーム文化学部」初授業!


とってもざっくりな基礎知識
・イスラームとは神に帰依する、神に全てを委ねるという意味。
・アッラー = アル・イラーフ = The God なので、「アッラーの神」は不自然な表現。
・「アル」は定冠詞 The 。だからアルカイダとかアルジャジーラとかアル始まりの言葉を耳にする。
・アッラーはユダヤ教、キリスト教のヤハウェと同じ神。なのでそれらの宗教と兄弟のような関係とも言える。
・ムハンマド(モハメッド)は神の言葉を預かる「預言者」であり「使徒」である。未来を言い当てる「予言者」ではないよ。
・偶像崇拝は完全否定。だからフランスでムハンマドの風刺画が描かれたことに対しての反発があった。
・クルアーン(コーラン)は神からの啓示。ムハンマドが大天使ジブリール(ガブリエル)から託された。
・ラマダン = 断食 ではない。ラマダンはイスラム暦の 9月で、その間に断食が行われる。
・断食は、ムハンマドが迫害があった際に神から受けた恩寵に感謝するという意味合いと、恵のありがたさを改めて感じるという趣旨がある。

教えてもらったことのほんの一部ですが、なんとなく整理できたでしょうか。
改めてイスラム教に向き合ってみて、日本人にとってイスラム教の規律って面倒くさくないですか?(すみません、すみません)
テロや人質が今のように起こる前からイスラム教をとっつきにくいと感じていたところかもしれないです。
実は、岩戸山ほぼ二畳大学に到着したとき、ゲスト講師であるハリアディさんご夫妻がお祈りをされていたんです。テレビで見たことはあったけど、それに遭遇したのは初めてでした。尊重はしているつもりですが、どうしていいやら分からず、着替え中に部屋をあけてしまった気分でした。
後ほど設けてもらった質問時間にその事に関して聞いてみました。すると、答えは意外というか実にシンプルで、「何も気にしなくて大丈夫」とのことでした。「え?でも、お祈りしている前を歩いちゃ失礼とかないの?」と聞いても「気にしませんよ」という答え。断食にしても、イスラム教でない人が食事をしないとかは不自然と感じるようで、下手な気遣いは不要のようです。(あ、でも、これはあくまで日本でのことで、イスラム教徒が多い国では郷に従うべきだと思います。)
この考えは互いに尊重し合うというイスラムの教えからくるものらしく、自らは熱心な信者であっても他人にそれを押し付けるようなことはしないということでした。
なんだ、こちらはいつも通りでいいんじゃん。
人質事件があって、イスラム教を偏見してはいけない。と、かえって硬くなっていたようです。今日一番の収穫はこれだったのかも。

他にも、宗教にかける時間が多すぎるのは生活上不都合がないか聞きたかった。でも、その質問自体が愚だったかもしれない。だって、それって初詣に行ったり、お盆に帰省したりするのと気持ち的には変わりないんじゃないかな。と感じたから。
ただ、女性の扱いについてホントのところというのは聞いてみたかった。それは次回に。

※根本的な誤りがありましたらこちらからご指摘くださいませ。私の理解不足です。